ピアノが好きです 。
最初は恵比寿駅前のオルガン教室でした。小1の時。5、6人の教室で足踏みオルガンだったと思います 。昭和40年代です 。あの頃は習い事ブームの走りでしたね。黄色い薄べったい鞄がその教室のトレードマークでした。
そんなある日、中年の女性のピアノの先生が家に来るようになったのです 。前後の経緯はまったく記憶にないのですが、母と渋谷のカワイピアノセンターへアップライトピアノを選びに行ったことを憶えています 。
墓地に隣接した借家住まい。母親は専業主婦でしたが、小ちゃな電気部品を半田ごてで接着する内職をやって家計の足しにしていました。
今思えば子供には教育を受けさせなければという親の愛情と高度成長期の日本の時代背景があったのだと思いますが、子供ながらに家計の不思議なコントラストを感じていました。
その先生。厳しい先生でしたね。低い声のトーンで「いっとーにっとー」と。そのリズムに合わせて基礎練習の繰り返し。毎週、ピアノ椅子に並んで座り、みっちりレッスンを受けていました。
ハノンの練習中に弾きながらうとうとしていると「顔洗ってらっしゃい」と一言。はい、と答えたのかなぁ。あわてて洗面所まで顔を洗いにいった。あの時のことは、まるでビデオ録画のように憶えています 。
宿題も多かったけれど、毎日練習は欠かさなかったから、ピアノが好きだったんですね。
ある日、僕にとってはなんの前触れもなく、先生は家に来なくなってしまったのです 。さようならをした覚えがありません。
後に母親にきいたところ、乳がんで闘病していたのだと。男の子の僕に病気のことは二人とも話したくなかったのかもしれません。

今もピアノが置いてある場所にいくと、なぜか心が動きます 。
先生のもうひとつの記憶。
先生の演奏会に招かれてどこかのホールに観に行ったこと。
あの厳しい先生が真っ青な長いドレスを着て眩しかったこと。
挨拶した僕に笑顔だったこと。
目がぎょろって大きかったけど子供心に感じていたのは「なんだか綺麗だなって」こと。
cover photo by GlassEye Inc.